今日は、私がアメリカで高齢で妊娠(38歳で初妊娠)するまでのことや気を付けていたことなどの話です。
私の場合はタイミング法のひとつ福さん式を試したところ妊娠することができました。
この記事は、アメリカで妊娠してから出産するまでをまとめた「アメリカ出産体験記」の最初の投稿です。[blogcard url=”https://nano-trends.net/pregnancy-record-in-usa/”]
渡米とビザと子づくり解禁
渡米してからすぐは、ビザのことがあり子供を産んで育てられる状況ではなかったので、夫婦とも30歳過ぎという年齢を気にしつつも、子供はもう少し先と思っていました。
その後、ビザの見通しは依然はっきりとはしないものの年齢のことがあり、見切り発車的に子づくりを解禁しました。さすがにすぐには妊娠に至らず。
夫も、簡単にできると思っていたのですが、授かる気配もなく、悶々としながら日々が過ぎていきました。この時すでに37歳。
我が家では、不妊治療はするつもりがなかったので、1年後には、自然妊娠で授からなければ、この先二人きりの生活でもいいかなと思い始めていました。
私は、最低体温が35度7分、8分になるぐらいの冷え性でもあり、体質的に妊娠しにくいのだろうと思っていました。
そうこうしているうちに、夫の仕事の関係で他州への引っ越しがきまりドタバタ。
家探しやら、古い家の手直しやらで忙しく、1年ほどつけていた基礎体温もやめ、排卵検査薬もいつの間にか使わなくなってしまいました。
アメリカで妊娠するためにしていたささやかな努力
それでも妊娠を全く諦めてしまったわけではなく、その頃から妊娠しやすい体に変えようと、一日4杯ぐらい飲んでいたコーヒーをゼロにし、かわりにルイボスティーを飲みはじめました。
冬の間は、腹巻とレッグウォーマーをして、できるだけ体を冷やさないようにしていました。冬の休みの日には、夫婦そろってDVDを見ながら、30分ほど軽く汗を流したり。
引っ越しから数か月、気持ち的にも落ち着いたころの2012年の12月になり、ビザのことがはっきりして見通しがたったことをきっかけに、だんだんと運気の流れが変わったような感じがありました。
それまでは、車が故障したり、家の大がかり修復が必要だったりと、気がめいることが続いていたのですが。
もしもこのまま、子供を授からなかったら、アメリカで大学院に進学しようと決めたのもこのころです。子供にとらわれなくなったというか。気持ちが他に向いてきたところでした。
アメリカで妊娠したときのこと(福さん式)
妊娠したのは、ちょうどお正月休みでゆったりした気分のときでした。夫婦の仲良しも、自然にした感じです。
この時は、いわゆる福さん式というオリモノの状態を参考にしてタイミングをとりました。 (私は、透明の卵白状のオリモノがでた翌日の朝に仲良し、その日の午後に15センチのノビオリを確認しました。)
これが、私たち夫婦には合っていたようで、なんとなく仲良くした直後から今回はイケるかもと予感あり。結果、予感どおり妊娠していました。
それと、これは気分の問題かもしれないですが。
我が家の夫婦のベッドルームには、北側に大きな窓があり、昼間も夜寝るときもカーテンを開けっぱなし、外の風景が見えるようにしてました。
田舎なもので、窓から見えるのはコーン畑と牧場の馬がぐらいだし。
なんとなく北側の窓を、夜にカーテンを開けっぱなしにしておくのが気持ち悪く、夜はカーテンを閉めるようにしたところ、気分的にぐっすりと安心して眠れるようになったのも妊娠によかったのかもしれません。
カーテンがあるだけで、部屋の温度も上がるので。これは風水的にもよかったのかなと勝手に解釈してます。
この妊娠のタイミングは、結果的に私たち夫婦の状況に大変都合のよいものだったので、お腹の子はちょうどよい時期をみはからって宿ってくれたのだと思います。
これが、私の初めての不安と期待が入り混じった、アメリカでの初妊娠10か月の始まりです。
今日はここまで。では!Have a good day!
- アメリカ出産体験記の次の記事はこちら>> 「アメリカ出産体験記」超初期症状と妊娠発覚。その直後にスノボ。
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