アメリカで繋留流産。薬を使った処置からの緊急掻爬手術を受けました

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40歳すぎの高齢で2人目妊娠、その後にアメリカで繋留流産をして薬で処置をしました。どうも様子が思わしくなく、緊急外来にいき、結局は掻爬手術をしました。

すこし気持ちも落ち着いたので覚えていることを書きたいと思います。

ネットで探しても、稽留流産から薬の処置、さらに緊急外来で掻爬手術になった人の話はほとんどみかけませんでした。

同じ状況になったひとが少しでも万が一に準備ができるように、私の体験談を書きますね。

かなり詳しく書くので、気分を害する人もいるかもしれません。苦手な方はご遠慮ください。

息子を高齢出産しました。日本人夫婦なので、もし私達がいなくなれば、息子はアメリカで一人残される。

二人目、息子に兄弟をつくりたかった。でも、その希望はかないませんでした。

妊娠発覚とつわり

妊娠発覚

なんとなく生理予定日前後に気持ち悪くなり、これはひょっとしたらひょっとするかも。と、とりあえず市販の妊娠検査薬を買って、生理予定日から5日ぐらいまで待っていました。

検査結果は、ばっちし陽性!やったーと言う気持ちと、さすがに40過ぎての妊娠なので不安も。

夫もすこし戸惑いつつ、喜んでいました。

産婦人科で初診を予約

息子を出産した病院のクリニックに電話。9週目ぐらいのアポだったのが、なんとクリニックの都合で11周5日に変更になりました。

初診が11週って、日本じゃありえませんよね?

さすがに遅いと思って、電話で粘ったのですが、アメリカの場合、初診は8週から12週の間らしく変更できず、医者もいなければしょうがないのでしぶしぶ承諾しました。

つわり

7週目ぐらいからつわりが強くなって、8週目がピークでした。日中も気持ち悪くて、仕事にならないぐらい。お腹がへると気持ち悪くなるけど、食べすぎても気持ち悪い感じ。

10週目ぐらいになると、日中のつわりはほとんどなく、夕飯を食べた後に気持ち悪くて横になるぐらい。つわりもあるし、期待半分と不安半分と言った感じで過ごしていました。

息子のときも、つわりは軽い方だったので、10週ぐらいでつわりが落ち着いてもあまり気にしていませんでした。

へんな夢

実は8週目にイヤな夢をみました。ピンク血がポタ、ポタと数滴おちたあとに何かがパン!とはじけるような夢です。イヤな夢で目が覚めて、トイレに行くと、下着が濡れていました。血ではなく水っぽいものがでた感じです。

トイレの中には、赤い小さな組織が剥がれたようなものが2,3個浮いていました。

このとき、かなり嫌な予感がしたのですが、まだつわりもあるし。悪い方向には考えないようにしていました。

後から思えば、この時に羊水が漏れるとか何かあったんでしょうね。

私は霊感は全く無い方ですが、血の近い肉親がなくなる時には、夢をみたり、櫛の歯がパンっと弾けるように折れることがありました。

その時も、同じような感覚があり、この時から「ひょっとしたらダメかもしれない」「まだ、つわりもあるし、きっと大丈夫」と一日、一日を過ごしていました。

でもお腹は大きくならず、胸のハリもあったり、なかったりでした。10週終わり頃から茶オリがでるようになり、前回の妊娠とは明らかに違うことが分かっていました。

それでも、一縷の望みにかけていたかった。

初妊婦健診

ようやく待っていた初診です。

問診票を渡して、トイレで尿を採取。

ウルトラサウンドの検査で、最初はお腹の上から様子をみていたのですが、しっかり見えないからと、すぐに膣からのウルトラサウンドをすることに。

ウルトラサウンドで赤ちゃんの影は見えていたので、なんとなく安心していました。

膣からのウルトラサウンドでは、赤ちゃんの形、手も足もはっきりと見えていました。でもね、このとき心音が聞こえないことに私は気がついていました。

一緒にいた夫にも赤ちゃんが見えていました。でも、心音がないことには気が付かなかった様子。

ウルトラサウンドの技師の人は、言葉少なに結果はこの後、医師から説明しますとだけ。息子のときは、心音を確認したり、ゆっくりベービーを見せてくれたのに。

ダメだったかな。この時点で、最悪のことを覚悟していたと思います。

医師との面談

ノックをしてから入ってきたのは、20代か30代前半と思われる若い男性。医師だと自己紹介をうけて、かなり戸惑いました。

挨拶を交わしたあとの一言目が

「I have bad news」

覚悟はしていたんですけど。

その後に赤ちゃんは育っていません。8週目ぐらいで成長が止まっています。これは、遺伝子の影響で、どうすることもできなかった、あなたのせいじゃないから。うんぬんかんぬん。

ネットでさんざん読んだ初期流産のことが医師の言葉が流れていきます。

頭では分かっていたこと。40過ぎての妊娠は継続するのが難しいって。でもね、でも、ひょっとしたらって息子に兄弟をつくれるって思っていました。

息子が赤ちゃんだった頃の写真をみて、もういちどあんな感じでお世話するんだな~。とか、どんなお兄ちゃんになってくれるかなとか、想像してました。

そんなことを思いながら半ばボーゼンと聞いていたら、これからのオプションは3つですと、今後の処置の話が始まりました。

オプション1:自然に赤ちゃんが出るのを待つ。この場合、これから2週間以内にはでてくるだろうけど、いつ出るかはわからない。かなりの出血、痛みを伴うこと。すでに、血がでていることもあるので、おそらく流産に向けて準備し始めているだろうとのこと。

この後、2週間以内に自然流産しなかった場合は、オプション2かオプション3を検討します。

オプション2:流産促進剤を膣経由で自分でいれる。8割の人は薬がきくが、もし効かなかった場合は、薬を追加するかオプション3の手術を選ぶ。薬で誘発する場合も、かなりの出血を伴うこと。ただし大量出血する時間は少ない。あまりにも出血が続くようなら、すぐにエマージェンシー(緊急外来)に行くこと。

目安としては、1時間に2回パッドがびしょびしょに濡れるぐらいの出血が2時間続くようなら、クリニックではなく出産予定の大きな病院に直接行ってくださいとのことでした。

この薬を飲んだあと起こり得ることは、できるだけドクターに詳しく聞いてください。薬を飲んだ後の出血量が正常範囲なのか異常出血しているのかの一つの目安になります。

薬を使うタイミングは、私達の気持ちの整理ができてからで大丈夫と。

自然に流産するのを待つ場合も、薬で促す場合も、出血した翌日にはクリニックに電話して、ウルトラサウンドの予約をするようにと言われました。お腹の中に残留物がないか確認するためです。

オプション3:掻爬手術。病院での赤ちゃんを出す手術を受ける。入院は必要なく、麻酔をして手術時間は30分程度とのこと手術後3,4時間ぐらいで帰れる。短いとは言え、麻酔手術であり、体内から掻き出すので、体への負担は大きく、またそれに伴うリスクはゼロではないとのこと。

この若い医師の話では、自分のなかで特におすすめの方法はなく、あくまでも私達夫婦が決めたらいいと。

夫も、わたしも気になることを質問していました。が、わたしは赤ちゃんを出すことを想像したら、これで終わりだと思うとたまず泣いてしまいました。

病院に行った日はちょうど連休前だったので、私達夫婦はオプション2の薬で流産を誘発することを選びました。仕事をしているので、勤務中の自然流産は避けたかったのが一番の理由でした。

医師が部屋から出たあと、ひとしきり泣いてから病院をあとにしました。

薬は、翌日に薬局で受け取りました。

ただ、ただ悲しくて、悲しくて、たくさん泣きました。

アメリカで稽留流産の処置用の薬を使う

処方されたのは、4粒のミソプロストール(Misoprostol)です。てっきりアメリカの薬って大きいので、今回も大きめの薬を想像していたら、直径5から7ミリぐらいの小さなタブレットでした。

ミソプロストールの服用方法

私は、膣のできるだけ奥深くに4錠すべて1回で服用するようにと言われました。この、きっちり子宮口まで薬を挿入するのが難しいので、もし可能ならばその場でドクターに処置をしてもらったほうが良いかもしれません。

ネットで調べると口から服用することもあるようなので、どちらの服用方法か必ずドクターの言葉を確認してください。

薬を服用してから、出血が始める時間は2時間から数時間で、人によってちがいます。午前中か、午後早めに服用したほうが、無難かなと思います。

ミソプロストール服用まえの準備

トイレに用意したもの

薬局で薬を購入する際に、特大サイズの生理用パッドを2袋買いました。かなりの出血だったので、特大サイズがいいです。

替えの生理用ショーツもトイレに置いておきました。一度、かなり出血してショーツも寝間着も血まみれになりました。

ベッドサイドとベッド

水分補給用のスポーツドリンクも数本かってベッドサイドにおいておきました。

ベッドのシーツは、大量の出血に備えて防水シートをしいておきました。バスタオルでも良いと思います。特に、眠っている時の出血には気が付かないこともあるので。

ミソプロストールを服用してからの経過

1日目 午後1時

一粒づず膣に入れて待ちます。これで本当に終わり。

薬を入れてから数時間で出血がはじまるとのことでしたが、私はなかなか始まらず、落ち着かずとりあえずベッドに横になっていました。

1日目 午後3時

いちど下痢っぽくなりました。ミソプロストールが溶けていることを気にしつつトイレです。

1日目 午後6時

生理痛のようにお腹の下のほうが重たくシクシク痛み始めました。痛みの強さは、生理痛の結構痛いけど我慢できるぐらいです。痛み止めをそろそろ飲みたいなと思うぐらい。

1日目 午後8時

8時ぐらいに夕食。そのころ出血したのを感じました。

トイレに行くとやはり出血していました。生理の2日目ぐらいの量がドバっと。お腹は相変わらずシクシクと痛む感じです。

ただ、ネットで読んでいたような激痛はありません。血の量も、生理2日目ぐらいで、それほどでもありません。

ようやく始まった感じです。

お腹はあいかわらずシクシクいたみます。お腹も痛いし、気になって、眠れませんでした。

2日目 午前1時

1回目のけっこう多めの出血がありました。尿意をもよおした感じでトイレで腰掛けると、ドバっと組織片のようなものを血が出る感じです。

2日目 午前3時

なんか出てきそうな感覚がありトイレに行きました。腰掛けた途端、かなりの量の血液と、組織片、血の塊が一度に出てきました。出血のピークはこの時でした。

2日目 午前4時から午前5時ごろ

出血が気になり、眠たいけど眠れませんでした。1時間おきにトイレにいくと、腰掛けた途端ドバっと出血していました。2日目の生理のりょうが一度にでるぐらいです。パッドでは受け取れない量の血がでていました。

2日目 午前7時

その後すこし眠っていました。午前7時頃に、下腹部の異変で目がさめると、大量出血していました。この時、ショーツからパジャマまで血で染まりました。

ベッドに防水シートを敷いておいて良かったです。

あわててトイレに駆け込むと、またも大量に血と血の塊がでてきました。このあと、トイレから出てその場に倒れ込む感じに。おそらく、一度に血液がでて貧血気味だったのと、水分不足でふらついたのかなと思います。

ここで、夫にひょっとしたら緊急外来に行くかもと話し、念のための準備をしました。

2日目 午前9時半

息子も起きてきたので、着替えを済ませました。一通り、病院へ行く準備をしてから、ベッドに横になっていました。お腹のシクシクはあいかわらず続いていました。

また出血しそうな尿意を感じてトイレに駆け込むと、やはりかなりの量の出血と塊のようなものがでました。トイレからでたら、またも貧血のようにふらふらで、あるくのもやっと。

これは、もう一度出血したら意識をなくすかもと怖くなって、緊急外来(Emergency)に行くことを決めました。

緊急外来への準備

午前7時の大量出血のあと、万が一の場合にそなえて、病院へ行くための準備をしました。

  • 着替え一式
  • 特大ナプキン数枚(これ、持っていくのを忘れてました。緊急外来だとナプキンを用意していない事があるので、持っていってください。産婦人科なら必ずあるんですが)
  • ミソプロストールの処方箋(薬の名前、量、担当医の情報などが書いてあるので必須)
  • これまでの出血の経緯を書いたメモ。何時に薬を服用して、いつから出血がはじまったとか。その時のお腹の痛みや量などのメモです。夫でも病院で状況を説明できるようにと。
  • 息子のおやつや食料(息子を預ける場所もなく、連れていきました)
  • 病院の場所と電話番号の確認(夫にまかせました)
  • 嘔吐用の袋(気持ち悪くなっていたので念のため。これが後で役に立ちました)

緊急外来や病院に行くという判断

私の場合は、連休中でありクリニックはあいておらず、電話して確認することはしませんでした。どちらか迷う場合は、病院に行ったほうが安心です。

これは、あくまでも私の判断なので、本能的にヤバイかな?と思ったら、迷わず病院に行ってくださいね。

私が緊急外来に行くとことにした決め手は、トイレにいくと毎回かなりの量の出血と組織や血の塊がで続けたことと、貧血ぎみになりふらふらだったからです。

ドクターの話では、大量に出血する時間は短時間とのことだったので、流石に数時間にわたって出血が多いのは普通じゃないなと。

息子を出産したあとも、内容物が残っておりその時も大量の出血をしていました。その時の雰囲気と似ていたので、おそらく子宮の中にまだ残留物があると思いました。

お腹のシクシクした痛みが思ったほど強くなかったわりに、ずっと続いていることも気になりました。薬の作用が中途半端で、流産も中途半端になってしまったのかなと。

お腹なおシクシクした痛みが続いているのも、お腹の中にまだ残留物があり、出そう、出そうとしている用に感じていました。

かなりふらふらしていたので、病院では点滴を受けて、状況を確認してもらえればいいかなと少し軽い気持ちだったのですが、その後まさかの緊急手術になるとはこの時は思いませんでした。

アメリカで繋留流産からの緊急外来

緊急外来の受付

アメリカでEmergencyに行ったのはこれがはじめてでした。夫もです。

とりあえず、駐車場に車をとめ、夫が受付でどうしたらいいのか聞いてくれました。車を入り口までつけて、私を車椅子でおろして受付をしてくれとのことでした。

受付をしてから、夫は車を駐車場に入れに行きました。

10分ほど待ったところで、名前を呼ばれて、別室でナースによる問診をうけました。

夫が、例のメモをみながら状況を説明してくれました。

それは、流産で薬の処置をしたときの普通の症状よ

というナースのコメントを聞きながら、その横でわたしが盛大に嘔吐。ここで準備した袋を手にしていてよかったです。

これで、さすがにナースも尋常ないことを悟ってくれたのか、あとはテキパキと症状を確認してくれました。今は部屋が空いていないので、待合室で少し待つように言われました。

緊急外来って、自分の状況が緊急外来に来るべきだったのか、来なくても大丈夫なのか判断しにくいところですよね。でも、なんでもなければそれでよいので、行ったほうが良いかな?と思ったら気にせず行ってくださいね。

15分か20分まったところで、呼ばれて病棟へ移動しました。

緊急外来での処置(ウルトラサウンドと点滴)

最初にあのアメリカの患者がよくきる、後ろあきのガウンに着替えました。この時はショーツは履いたままでOKでした。

血圧を測ったあとに血液検査に採血されたのですが、さすがに血管がみつからなかったようです。1回目は失敗で2回めに成功でした。そのまま、うでに管がついていました。

簡単に状況を説明したあと、担当医がきました。ハキハキした女性ですごく頼りになりそうで安心しました。

今までの状況をひととおり説明。この時点でも、これが緊急外来に来るべきケースだったのかはよく分かりませんでした。

その後、採尿、点滴、ウルトラサウンド、内診の予定になりました。

採尿は、さすがに水分がなくこの時はできませんでした。しばらくすると、ナースが点滴をしてくれました。

ウルトラサウンドは膣からのエコー検査でした。技師の人は、最初にわたしは検査をするだけで結果は説明しません。と言われました。聞く人も多いんでしょうね。

このあと、しばらくは点滴のため放置されていました。

途中で、私の保険や住所の確認。夫の会社の保険なので、おっとのSSNや電話番号などの確認を受けました。

息子と夫は、病室の外で携帯でYouTubeをみたり、病室にきたりしていました。お昼になったので、息子にもってきていたおやつを食べてもらいました。

点滴をしている最中に別のナースがきて採尿してくださいとのこと。点滴をつけたままトイレに入り採尿。このときもやはり血がドバっとでるので、採尿するのが難しかったです。

尿検査の結果がでてから、担当医の内診がはじまりました。

緊急外来での内診

医師の話では、血圧も血液検査の数値も異常なしとのことで一安心です。点滴もほぼ終わりかけていたので、かなり楽になっていました。お腹の痛みも出血もだいぶおさまって、気分も良いですと話していました。

いざ内診を始めようとショーツをぬいだところで、またもかなりの出血。さすがに、ちょっと気まずかったですが。

内診で、膣内にたまっている血の塊や組織片などをかなり取り除いてくれました。

この血の塊や組織片が膣内でたまっているので、出血が収まらないとのこと。この症状の人はたまにあるようです。

このまま何もしないと、かなりの出血が続くので状況は悪くなる一方。緊急外来に来たのはいい判断よと

その後ドクターは、産婦人科の医師に電話してどうするか相談するとのことでした。

産婦人科の医師の判断

20分ぐらいしてからドクターがもどってきました。

ウルトラサウンドの結果、かなりの残留物が膣内にあるので、このまま家に帰っても出血が続くだろうとのこと。

膣内をキレイにする、いわゆる掻爬手術を受けてくださいと

私たちに選択の余地はないので、ほぼおまかせで手術をうけることに。

この時点でたぶん午後2時ぐらいだったと思います。

数分して、産婦人科の手術担当のナースがきて、そのままベッドで産婦人科病棟へ移動しました。

稽留流産から薬での処置、そして緊急掻爬手術

産婦人科病棟に移動したら、しばらくして手術担当の女医さんがこられました。

手術時間は30分ほど、麻酔も手術後30分すればきれることなどの説明を受けました。そのご麻酔科医による説明、インフォームドコンセントにサインしました。

私にとって良かったのは、産婦人科でも手術室にはいるときに、新生児やこれから出産をする人とは出会わなかったこと。

ここで、夫と息子は、個室の待合室に案内されました。その時に、女医さんが手術用の防止、ゴム手袋を息子にくれたほか、ゴム手袋をふくらまして風船にしたものものまで息子にくれました。

こういう何気ない気遣いに救われました。

手術室に移動すると、手術用のベッドへ移動。すぐに麻酔が入れられ、あっという間に意識がなくなりました。ナースに呼びかけられて目を覚ましたときには、手術はおわって廊下?のうような場所にいました。

そこでベッドから起きて服を渡され着替えをして車椅子にのったと思うのですが、記憶にありません。

そのあと夫と息子と合流してほっとしました。

これで手術終了です。この時で5時ぐらいだったでしょうか?

このまま、車椅子をおされて出口まで行きました。夫が車をとってきて、病院をあとにしました。

手術後に処方されたのは、感染防止の抗生物質と痛み止めでした。

翌日に夫が受け取りに行きました。

掻爬手術後の経過

術後の経過は幸い良好でした。次の日からは普通に生活できるぐらいでしたが、控えめにしていました。

お腹のシクシクもなくなり、出血もほんのすこし。特大パットは必要ありません。

次の日は会社もやすみ、手術後は2日ほど休んでから、会社にもどりました。

このあとは、産婦人科に電話して、手術後4週間後に内診をうけて術後の経過を確認して、これで全てが終わりました。

まとめ

夫が手術後に家に帰ってから、女の子だったらこんな名前とか考えていたんだけどなあ。っとボソッと言っていました。

私も名前とか想像してたんですけど、こればっかりはしょうがないです。

もしもう一度選ぶなら、今度は最初から手術を選ぶと思います。薬をつかた処置は、きちんと効けば効果はありますが、私は効きづらい体質だったようです。

緊急外来や病院に行くかどうかの判断は、やはり素人では難しいです。おかしいなと思ったら病院に行ってくださいね。

高齢妊娠は流産のリスクが有るとは知っていても、まさか自分におこるとは思っていなかったんですよね。

ネットで稽留流産された方の記事を読んで、救われた部分が多くありました。私の記事も、同じような思いをしている人にとって何かの助けになれば幸いです。

有賀透子

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